Statement

東京を鼻から吸って踊れ


「たいそう寂しいうちね」

「普請中なのだ。さっきまで恐ろしい音をさせていたのだ」

「そう。なんだか気が落ち着かないようなところね。

どうせいつだって気の落ち着くような身の上ではないのだけど」

   森鷗外「普請中」

関東大震災後、帝都復興計画を構想した後藤新平により東京の市政顧問として招聘された政治学者チャールズ・ビアードは、「東京は一個の都市というより、むしろ沢山の村の集合体だ」と評した。
なるほどその通りだろう。江戸以来開発され、明治維新に伴い首都になってからも、数多の「災害と祝祭」に付随する都市改造を繰り返し、スプロール状に拡大してきたのが東京だからだ。それゆえ、歴史的・地理的・政治的・文化的……あらゆる局面において膨大な広がりを持つ〈東京の全体像〉を描くのは、ほとんど不可能に近い。
本展は、その中から私が個人的にフォーカスした、東京のある側面の断片的なスナップだ。佐多稲子に倣って言えば、「私の東京地図」である。しかも、対象は変化し続けている。「スクラップ & ビルド」という和製英語もいいが、森鴎外が書いたように「普請中」という言葉がぴったりくるのではないだろうか。そう、東京は常に普請中の街なのだ。
各作品に通底するのは、「挽歌の響き」(サイデンステッカー)かもしれない。永井荷風が下町の江戸情緒に見出したような、失われゆくものへの郷愁である。だが、もちろん安易なノスタルジーに固執しているわけではない。私は今、2019年の「ココ東京」を描写したいのだ。
そもそも、アートが都市に対して為しうるのは、政策的な「都市の再編」ではなく、リアルな「都市の記述」ではなかったか。だからこそ、自らの足で街路=ストリートを逍遥しながら視えてきた風景、あるいは歴史の縦軸を辿る中で照射されたイメージを通して、今日の東京を問う(TOu-KYOu ! )のである。
言うまでもなく東京は、2020年代に向けた再開発の真っただ中にある。とはいえ、世界で最も先端的だったらしいこの街も、いまや停滞して久しい。にもかかわらず、東京、もっと言えばこの国は、日々増殖する未収束の被災地を捨て置いて、五輪と万博による輝かしき近代の〈祭宴の再演〉に躍起になっている。
そんな東京の「都市計画」を破壊したいという欲望を、私は禁じ得ない。
林立するタワーマンションや複合施設に象徴されるように、経済原理追求の結果、偶然性が排除され、どんどん息苦しく、不寛容に、排他的に……要するにつまらなくなっているのは、都市空間だって、情報環境だって、時代の空気だって同じだろう。
メタボリズムの起源にあたる丹下健三の「東京計画1960」は、東京湾に線形の海上都市を建設するという、夢想的な「インポッシブル・アーキテクチャー」であった。
私もまた夢想する。粉々に砕かれた東京を。その粉末を。それらを鼻から吸ってハイになることを。そして、路上で勝手に踊ることを。
その意味で、これは私の「東京計画」である。
ディケイドとディケイド、元号と元号に挟まれた間隙に───東京を鼻から吸って踊れ。

中島晴矢

 

                                

参考文献・音源

エドワード・サイデンステッカー『東京 下町山の手』(安西徹雄訳, ちくま学芸文庫, 1992)

黒瀬陽平「「un/real engine ―― 慰霊のエンジニアリング」について」(TOKYO2021美術展, TODA BUILDING, 2019)

佐多稲子『私の東京地図』(新日本文学会, 1949)

Chim↑Pom『都市は人なり 「Sukurappu ando Birudo プロジェクト」全記録』(LIXIL出版, 2017)

森鷗外「普請中」(『三田文学』, 1910)

青木彬「これからの都市とアートを語るために」(「建築討論」, 2019)

AQUARIUS「ココ東京 feat.S-WORD・BIG-O・DABO」(2003)

SOUL SCREAM「TOu-KYOu」(1997)

五十嵐太郎監修『インポッシブル・アーキテクチャー』(平凡社, 2019)