ガチンコ―ニュータウン・プロレス・ヒップホップー

ガチンコ

Room 1 – Entrance

会場見取り図 [PDF]

ガチンコ―ニュータウン・プロレス・ヒップホップー

「街路が面白ければ都市も面白く、街路が退屈であれば都市も退屈である」(ジェイン・ジェイコブズ)
「しょっぱい試合しやがって、この野郎!」(ケンドー・ナガサキ)
「Everyday we fight the system, we fight the system, We fight the system」(ケンドリック・ラマー)

本展に通底するテーマは「都市」である。
2020年のオリンピック招致決定などを契機として、「東京」を巡る議論がにわかに活性化している。建築や景観といった都市論から、文化や行政に至るまで、様々なレイヤーで東京を捉え直し、いかにデザインしていくべきかが問われているのだ。必然的にそれは、震災後/復興期の日本イメージのあり方にも通じよう。
私が東京について考えるようになった直接的なきっかけは、ザハ・ハディトの新国立競技場案に対する建築家・槇文彦の異議申し立てである。ここでは詳述は省くが、神宮外苑の景観を壊すサイズ、膨大なコスト、不透明な決定プロセスなど、多くの問題点が指摘されている。その中でもより重要なのは、未だ都市計画が「上から」進められ、それに対し市民が無頓着でいるという日本の非成熟性ではないか。端的に、建築物や都市景観を皆で熟議するような風土が欠如しているのだ。だからこそ、「国道20号線沿い」に代表されるように、日本の街々の風景は殺伐としているといえよう。
では、私ならばこれからの都市/東京/日本をどう(再)設計するか。それを念頭に本展の作品をつくった。
具体的なトピックは、身体感覚のレヴェルで知悉している「ニュータウン(郊外)」と「渋谷」である。ニュータウンは生来の地元として今も居住しており、渋谷は中学以来ずっと溜まってきた街だ。これらはたしかに個人的な都市体験に過ぎないが、日本全体が郊外化の一途をたどっていることや、渋谷が東京ないし日本の最も中心的な文化発信地のひとつであることを鑑みれば、ある普遍性を帯びる可能性を否定できないだろう。
さらにそこに、「プロレス」と「ヒップホップ」が介入する。共に私がのめり込んできた芸能だ。前者は圧倒的な身体性と祝祭性をもって、後者はノイジーなサウンドとブロークンな言語体系をもって、私たちの日常を囲繞する〈システム〉を揺さぶってきた。
ただ、楽観的に、または断定的に未来のビジョンを提示することは避けている。むしろ、この国の都市の現状を見つめる、あるいは歴史をさかのぼることで、あり得べき未来が逆照射されることを企図した。
むろん、単純な疎外論に陥る気はない。無数の両義性に引き裂かれながら、「ガチンコ」でぶつかるのみである。

中島晴矢