ペネローペの境界

ペネローペの境界

オデュッセイア

オデュッセイア
中島晴矢
砂、フレコンバック、ブラウン管テレビ、石膏像などのミクスト・メディア
サイズ可変
2015

初めて訪れた被災地である福島県いわき市の久之浜で、海岸線を無心で撮影していた。
よせてはかえすその波先は、当たり前だけど常に流動的で、どこからが海でどこからが陸なのか、その境目を見ていると、全く判然としなくなってくる。津波なんていうのは、人間が勝手に想定した陸と海の境界の、自然による当然の侵犯に過ぎないのかもしれない——そう思うと、真新しく拵えられた防波堤、その人工的で建築的な出で立ちに、どこか根源的な空しさを覚えるのを禁じ得なくもなった。……
そもそも『オデュッセイア』は、オデュッセウスの帰還の物語である。「トロイの木馬」のエピソードで知られるトロイア戦争に出向いた彼は、十数年に及ぶ戦闘の後、そこで勝利をおさめたにもかかわらず、故郷・イタケーへの帰路で数々の災難に見舞われ、さらに10年間に渡って海を漂泊することになる。
この物語を僕は、陳腐であることを自覚しつつも、勝手に現代に読み替える欲望に駆られた。
オデュッセウスは10年ほど前から、故郷のフクシマを離れ、イラク戦争に赴いている。そこで彼は英雄的な活躍を見せるも、戦闘は終結せず、泥沼化し、ひとまず帰路についたところ、その道中で難破し、どこかの海岸に打ち上げられている——。
ちなみに、ホメロスの叙事詩では、やっとのことでイタケーへと帰り着いたオデュッセウスが、息子のテーレマコスと共に、妻に言い寄っていた求婚者たちを皆殺しにし、夫婦が城の寝室で語らうところで物語は終わる。
しかし、おそらく現代のオデュッセウスは、PTSDにかかっている。『アメリカン・スナイパー』(クリント・イーストウッド)のクリス・カイルみたく。だから、もし故郷に辿り着いても、その後の平穏な生活は約束されていないだろう。
後方には一つ眼の怪物・キュクロプスが鎮座している。
オデュッセウスが漂着したのは久之浜なのか、富岡なのか、あるいはイタケーの海岸なのかは、僕の預かり知るところではない。